『ラブホテル進化論』

『ラブホテル進化論』(金 益見/文春新書)を読む。

もし中年や高齢の男性研究者による書物であったら、これほど話題になるだろうかと考えると、自分の性意識が問い直されているような気がする。

「現役女子大学院生による本格研究」とのことで、センセーショナルな様相を呈しているが、内容は至って真面目な研究成果だ。

まず、多くの現場に足を運ぶと同時に、ラブホテル関係者に丹念なインタビューを重ねる著者のエネルギーと根気強さには脱帽だ。業界が業界なだけに、簡単に内実に触れることはできないだろう。(とはいえ、こうした研究が実現すること自体、ラブホテル業界が随分とオープンになってきたことの証左かもしれない。)

本書は、約半世紀のラブホテルの変遷を追っている。

まず1950年代、それまでの連れ込み旅館が本格的な建物で開業し始め、60年代には自動車台数の増加に伴い大都市近郊のモーテルが発展した。当時は大っぴらに広告を打つことができなかったために、建物の外観自体に広告効果を持たせるために、奇抜な外観のモーテルが建てられたというのは面白い。

70年代には「目黒エンペラー」に代表される装飾的な洋風の外観を持つ話題性の高いラブホテルや、「回転ベッド」などの斬新な設備を取り入れたモーテルが登場する。

そして80年代初頭になるとモーテルが退潮し、「シティホテルを参考にシンプルできれいなラブホテルがどんどん作られ」た。

続く90年代は、「ぴあ」など情報誌でカップルのデートスポットとして大きく特集され、ラブホテルが「表舞台に立つようになった」。また、経営者も顔を出して取材を受けるようになる。情報誌が「カップルにとってラブホテルをより身近な存在にした」という。

しかし、「バブル崩壊後から、ラブホテルは緩やかに衰退し続けている」。カラオケルームや貸切温泉など「二人きりになれる空間」が多く登場したことが主な要因だと著者は分析する。

まさに、ラブホテルは「日本の住宅事情と日本人の羞恥心の変化に反応しながら発展してきた」のだ。

さて、こうして、マーケットが縮小した今日、ラブホテルが生き残るには、どうしたらいいか。著者はラブホテル設計者らのコメントを交えながら提言している。例えば、高齢者ニーズに配慮したラブホテル。あるいは、国外からの観光客などもターゲットにし、宿泊施設としての機能を充実させたラブホテル。

また、ラブホテルは二極化していくとも指摘する。設備が優れ清潔感の高いホテルと、無店舗型の風俗店の利用を前提とした最低限の設備のホテル。特に前者には、リゾートホテルの要素を取り入れ、高級感やプライベート感の演出、高いデザイン性が求められると見る。もう既にここ数年、シティホテルも、デイユースを取り入れるなど、ラブホテルに近接しつつあり、シティホテルとラブホテルは「ボーダレス化が進んでいる」。

となると、従来のホテルやレストランを手掛けてきた空間デザイナーや店舗デザイナーの職能が、今後ますます求められるかもしれない。

都築響一氏の『ラブホテル―Satellite of LOVE』などを資料として傍らに置いて読むと、ますますリアリティーが沸くのではなかろうか。人間の本能に寄り添うような社会史 がお好きな方にはお奨めの一冊。



ラブホテル進化論 (文春新書)

ラブホテル進化論 (文春新書)