『恋する建築』

『恋する建築』(中村拓志アスキー)を読む。

著者の中村氏は、隈研吾氏の事務所から独立し、現在活躍中の若手建築家である。

2004年竣工のブティック「ランヴァン」や住宅作品から、現在クウェートで進行している商業施設のプロジェクトまで、これまでの自作をめぐって、設計の狙いや試行錯誤の軌跡を振り返っている。中には、隈事務所時代の担当物件に関する体験も取り上げ、そこで学んだ素材との距離のとり方なども述懐する。

タイトルの「恋する建築」の定義とは、「人に『好きだ』と言ってもらえるほど親しい関係になれる建物」のこと。これが、著者の目指す建築のイメージだ。「抽象的で人を寄せ付けないストイックさを持」つ近代建築とは対極的な存在と言える。

本書の文章自体も、「ジュエリー」や「薄化粧」など巧みな例え話を用いており、建築関係者以外の読者にも分かりやすい。著者のつくる建築同様、こうした文体もまた、多くの人に「愛される」だろう。

しかしながら、著者が実作を通して試みる挑戦的な建築は、決して“素人向け”ではない。敢えて“〜しない”という限定的な手法を用いて、既視感のない建築をつくり続けている。例えば、開口部にサッシが“ない”。敷地に生えている木を切ら“ない”。構造体と仕上げ材を分離し“ない”・・・というように。

つまりこれは、一見アプリオリであるかに見える“ルール”(工法)や“持ち駒”(素材)を削除してみるという戦略であり、建築設計という“ゲーム”の枠組み自体をわずかながら再編しようとするメタレベルの挑戦と言えるのではなかろうか。

そのことが、中村氏の建築に強いオリジナリティーやコンセプチュアルな相貌を与えているように思える。中村氏の真価はそれだけではないだろうが、今は、これ以外の説明を思いつかない。

恋する建築

恋する建築