『都市の記憶を失う前に』

『都市の記憶を失う前に』(後藤治/白揚社新書)を読む。

新書だと思って気楽に読み始めたら、濃密な情報量とスピーディーな論理展開で、ハードな一冊であった。とはいえ、建築や都市を専門としない人でも読める平易な言葉遣いと明快なロジックで書かれている。

文化庁文化財保護部の技官を経て大学教授となった著者は、日本で歴史的建築が保存されず壊されてしまう理由を、主に法制度や建物の性能評価基準の側面から検証する。
欧米の事例と比較しながら、日本の制度は、建物を保存するよりも壊して新築するほうが建物のオーナーに経済的メリットがあるようにつくられているとか、日本人の「過度の法令依存」体質も一因になっているなどの指摘は、興味深い。そして随所で、それらの問題に対する処方箋が提示されていることも、本書をアクチュアルな内容にしている。

大きな観点から言えば本書は、人々が豊かに生きられる社会へ向けて制度設計を立て直そうとする試みの一つと言える。社会のアーキテクチャー(制度)を補修することで、本当のアーキテクチャー(建物)を補修し使い続けられるようにしようというわけだ。
一般に過去志向になりがちな歴史研究の世界と、現在志向になりがちなつくり手の世界を架橋する意義深い内容だろう。

まさに今、東京中央郵便局の建て替え問題や、滋賀県豊郷小学校を舞台にした住民団体による損害賠償請求の問題などが起きており、タイムリーな内容と言えそうだ。手元に置いておき、必要に応じて何度も参照したくなるような一冊である。

都市の記憶を失う前に―建築保存待ったなし! (白揚社新書)

都市の記憶を失う前に―建築保存待ったなし! (白揚社新書)