『「伝わる英語」習得術 理系の巨匠に学ぶ』

『「伝わる英語」習得術 理系の巨匠に学ぶ』(原賀真紀子/朝日新書)を読む。

軽々しいタイトルに反して、深みのある内容だった。語学やコミュニケーションに興味を持つ人にオススメの一冊である。
勉強術のような内容を期待して読むと、がっかりするかもしれない(ただし、終盤でちゃんと勉強術についても触れている)。テーマは、言語を切り口にした異文化コミュニケーション論だからだ。一冊を通して、英語の文化圏でのコミュニケーションと日本語の文化圏でのコミュニケーションがどのように違うかについて語られている。


インタビュイーとして6人が登場するが、僕にとっては、きたやまおさむ養老孟司隈研吾の3名が大変面白かった。日頃から僕自身が感じていたことを、明快に言葉で説明してくれているという意味で、大変共感するポイントが多かった。


以下に印象的だった点を挙げておこう。


きたやまおさむ
人の会話の大半は、優越感と劣等感が原動力なっているように思うけれど、きたやまさんの以下の発言は、それをうまく言い当ててくれた。
「要するに日本では、好いほうに変わっていると、ものすごい羨望の対象になるんです。私たちの行動や発言を決定しているものは、ほとんど全部それです」P.38
「日本の社会現象のほとんどがこの『羨望』で動いています」P.40
「日本人の英語問題の根っこにあるのは、やっぱりジェラシーなんじゃないだろうか」P.41
そして、そのジェラシーこそが、英語上達の障害になる可能性があるという指摘は、心に留めておきたいと感じた。


養老孟司
なぜ、英語圏の歌の歌詞や映画のセリフには、唐突に具体的な固有名詞が登場するのかと以前から不思議であった。あるいは、英語圏の作者が書いた科学書なども、やたらと具体例が多いわりに俯瞰的なまとめが少なくて、読みにくいと感じていた。例えば、マイケル・ジャクソンの「Billy Jean」という曲は、女性の名前がタイトルになっているが、もし日本のポップソングが「山田花子」みたいなタイトルだったら、どう考えても不自然だ。Aerosmithの「Janie's Got a Gun」もそうだ。
「(英語の場合は)事物、すなわち『事実』に即さないといけなくなる」P.110
「客観的なんじゃなくて、『具体的』なんですよ、英語は」P.110
「日本語は『どう思っているのか』が喋っちゃったらばれちゃいます」P.111
「日本語は『自分の気持ち』と『言葉』のつながりが強い」P.112
「英語で言ってみると、『俺、なんか個人的な文句をブツブツ言ってるよな』ということに気付く」P.114
「ロンドンの博物館に行くと、仕事をするときの『機能性』が日本人とは違うなと思います」P.115
「日本人の能力で特に落ちたのは、『感覚的な入力を言語に変換する力』」P.125
こうした養老さんの話を読んでいて、以前あるライター兼通訳の方が、日本語の文章だと書きたい内容がなくても書けるが、英語ではそれができない、と話していたのを思い出した。


隈研吾
やはり隈さんの話は密度が高くて面白い。こんなに明け透けに話しちゃっていいのかと思うほどオープンに語っている。国際的な場でプレゼンをするデザイナーなどにとっては、プレゼンテーション術としても大いに参考になるのではないだろうか。隈さんのプレゼン論に関しては、『建築プレゼンの掟』(彰国社)も面白かった。


英語でプレゼンをする際、日本語でのプレゼンと異なるのは、「『物』に即して語りはじめるということ」P.197
「日本のプレゼンって、そういう人間関係の潤滑油みたいなものなんです。だから、重要なのは中身じゃないような気がする」P.199
「『自分の言うことを聞いてくれそうだな』と思ってもらうことが重要なんです」P.199
歴史観を持っているかは、ものすごく重要」P.204
「『話す内容が山ほどある』ということが、英語がうまくなるためには非常に重要なこと」P.210
アメリカ人は建築において、『言語』から入っていく」P.214
「ヨーロッパやアメリカだと、プレゼンというのは一つのイベントであり、それをいかに楽しむかを考えるんですよ」P.217
「説明する前は、図面を見ていても『あれ、この家は大丈夫かな?』とか思ったりするんだけど、相手に説明して言葉で整理しているうちに、『あ、これはすごくおもしろくなりそうだ』と思えてくる」P.228


ところで以前から、大阪出まれの人のコミュニケーションは世界標準に近いのではないかと感じているのだが、周囲に話しても誰も賛同してくれない。大阪弁の敬語の少なさやオープンネスな感じ、そして大阪人のカジュアルで素早いレスポンスなどを見ると、僕は大阪の人とコミュニケーションしているとき、まるでヨーロッパかどこかの人とコミュニケーションをしているような気分になる。
そう思っていたら、著者の文章の中に、ニューヨークに居つく日本人の6割以上は関西人でそのほとんどが大阪人だというエピソードが出てくる。やはり、「大阪のコミュニケーション=世界標準」という着想は、あながち間違いではないかもしれないという気がしてきた。


なお、本書の中で何人かが、異口同音に、ユーモアの重要性や丸暗記という学習法に言及していることも印象的であった。

「伝わる英語」習得術 理系の巨匠に学ぶ (朝日新書)

「伝わる英語」習得術 理系の巨匠に学ぶ (朝日新書)