『星野リゾートの事件簿』

星野リゾートの事件簿』(中沢康彦/日経BP社)を読む。

同社は、「リゾナーレ」の立て直しや「星のや」で有名なリゾート施設の運営会社。
各エピソードは、とてもカッコよく描かれている。お客様満足度を一番に考えて熱く議論し合うスタッフたち。そして、責任を現場のスタッフに委ね、彼らを静かに粘り強く見守りながら、重要な場面でさり気なく的確な問い掛けをポロッと発する星野社長。その社長の発言によって、スタッフが行動指針を見い出したり、悩んでいたスタッフチームが問題解決への光明を見い出したりする。まるで「プロジェクトX」か何かを見ているような気分になり、脚色され過ぎているんじゃないか、と勘ぐりたくなる。


けれども読み進めるうちに、この星野社長の存在が気になってくる。
そう思っていると、最後の数ページで、星野社長の人材管理のスタンスが語られる。この数ページが面白かった。もしかして、ここまでのページは長大な前フリだったのではないかと思いたくなるほどだ。


同社は多様で柔軟な制度を持っている。最長1年間、会社を休職することができる制度「エデュケーショナルリーブ」。季節に応じて勤務地を変えられる「ヌー」。週末のみの勤務も可能な「ホリデイ社員」など。
星野氏はこう言う。「あくまで働き方の多様性を求めているのであり、報酬を必要以上に求めているわけではない。彼らが欲しているのは『自由』であって、『お金』ではない」(p.213)。それを理解し実践しているところが、すごいなと感じる。その結果として社員が定着することの重要性にも言及している。これは人材への投資だ。株式投資や不動産投資と違って必ずしも結果がすぐに数字で見えるわけではないけれど、こうした人材やクリエーティビティーへの投資を理解できるリーダーと、彼らが率いるチームが生き残っていくのだろうなあと思わせる一冊であった。
ひところ、景気がいい時期には、あちこちの経営者の口から“会社の資源は人だ”という紋切り型の発言を聞いたが、ひとたび景気が悪化したら、次々に社員は首を切られていった。「働き方の多様性」と「社員の定着」の価値を理解し実践できている経営者はどのくらいいるのだろうか。


また、本書に書かれていることが事実なら、星野氏は、社員の志向の多様性を認め、社員の自由を保障するとともに、社員の自発性をうまく引き出しているように見える。


星野氏のスタンスを読み、リチャード・フロリダの言う「三つのT」の「寛容性(トレランス)」を思い出した。ある場所(都市や企業)に技術(テクノロジー)と才能(タレント)を集積させ、クリエイティブな活動を活性化させたければ、寛容性は必須だろう。特に近年の「ネコ型社員」(『ネコ型社員の時代』山本直人新潮新書)の力を引き出すには、多様性を認め、社員の自由を保障することが重要な気がする。


企業の経営者やリーダーは最終章だけ一読してみてもいいかもしれない。

星野リゾートの事件簿

星野リゾートの事件簿