『自然な建築』

『自然な建築』(隈研吾岩波新書)を読む。
建築家の隈研吾氏が、10件ほどの自作を解説しながら、近年提唱している「負ける建築」のスタンスを分かりやすく説明する本。建築を専門としない読者にも、建築家がどんなことを考えて設計しているのかが分かる。


20世紀初頭から続いてきた近代建築は、「断絶」をベースとしてきた。敷地から断絶されたモニュメントのような建物。風土から断絶された世界中どこにでも建てられる建物。コンクリート、鉄、ガラスによって構成された、内部空間と外部空間とが断絶された建物。
そうした「断絶」の建築に反意を示し、著者は、敷地に馴染み、場所に馴染み、曖昧で柔らかい内外の境界を持つ建物を設計しようと奔走する。著者の言葉で言えば、「透明性」「重層性」「自然と人工との融合」目指す建築だ。


そして、面白いのは、著者の設計のスタンスだけでなく、人間関係づくりのスタンスやプレゼンテーションのスタンスも見えてくること。本書の中でも、職人、協働者、クライアント、所員の名前を出し、その功績を褒める。また、「相手の主張への配慮が、建築を実現するという行為には最も大事なのである」「原理主義は建築というリアルな世界には不向きである」「相手がのれる話題に引きこんで、同じ土俵に立つことから始める」「相手のモチベーションを下げないためにも、積極的に逆提案をとりいれるのが、この種の挑戦的プロジェクトを成功させる鍵である」などなど。
以前に、隈事務所出身の方と話していたら、「隈さんは、クライアントとの打ち合わせの場で、びっくりするくらいどんどんクライアントの要望を受け入れる」と言っていた。隈氏は、建築のつくり方も人間関係のつくり方も、「負けること」で共通している。
隈氏に取材でお話を聞いた時も、穏やかでオープンでありながら、抜群に頭の回転が早く当意即妙で、こちらの質問の意図を察し、無駄なく本質的な答えを返してくださった。「自然な建築」を実現するには、柔らかく負けつつも、鋭く機転を利かせ、周囲の人々を巻き込んで盛り上げていくコミュニケーション能力も不可欠のようだ。

自然な建築 (岩波新書)

自然な建築 (岩波新書)