『ミラーニューロンの発見』

■『ミラーニューロンの発見』(マルコ・イアコボーニ/ハヤカワ新書juice)を読む。
脳の働きや人間の本能的な行動に興味のある方にはオススメの一冊。あるいは、サイエンスやコミュニケーションに興味のある方にもオススメ。大変平易に書かれている。

本書を読んだ理由は、以前に『発達障害に気づかない大人たち』(星野仁彦)という興味深い本を読みながら、「もしかして発達障害というのは、生まれつきミラーニューロンがうまく機能しない障害なのではないか」と感じたから。
発達障害に気づかない大人たち』の中で、発達障害の主な症状として、「会話の仕方が形式的で、同じ言葉の繰り返しや独特の言い回しをする」「協調運動の不器用さがあり、スポーツや手先の運動が上手にできない」「含みのある言葉や裏の意味が理解できない。言葉の意味を字義通りに捉えるので、冗談やユーモアが通じず、たとえ話を本気で受け止める」などが挙げられていた。だが、思うにこれらは、たった一つの問題のバリエーションに過ぎないのではなかろうか。その一つの問題とは、「ある言動や出来事を自分以外の人間がどのように見たり感じたりするのか」をシミュレートする能力を欠いているということ。協調運動やスポーツをする時ですら、おそらく僕たちは、まるで他人の視線をシミュレートするかのように自分の身体を外部から眺め、統合的なひとつのイメージを思い描いて自分の身体の動きを調整しているのだと思う。
 
ミラーニューロンは、 「ある言動や出来事を自分以外の人間がどのように見たり感じたりするか」をシミュレートする本能的な能力と関わっている。だから、ミラーニューロンの機能不全が発達障害なのではないかと思い至った。そこで本書を開いてみると、なんと「自閉症ミラーニューロン仮説」という話題があり、びっくり。第六章がすべてその話題に当てられている。紹介されている研究成果によれば、「(発達障害の)障害の程度が重いほど、ミラーニューロン領域の活動が低い」のだそうだ。
 
ミラーニューロンとは、「私たちが自分の意図を達するときに活性化される脳細胞は、他人の行動に関連するさまざまな意図を識別するときにも発火する」。例えば、目の前で他人がタンスの角に足の小指をぶつけたとしよう。それを見た僕らは、ミラーニューロンが発火し、自分jがタンスの角に足の小指をぶつけた場合と同じ神経が刺激される。つまり、ミラーニューロンのおかげで、僕らは他人に本能的に共鳴してしまうのだ。ミラーニューロンは無意識に発火する。本書によれば、「他人が話しているのを聞いているあいだの人間は、話し手とそっくりな舌の動かし方をしていることが実証された」という。つまり、「私たち人間は、ほとんど本能的に互いの動きを同調させる傾向がある」。そして同調させることによって初めて僕らは他者の言動の意図を理解している。
ここで驚くのは、相手の意図を理解するから相手の表情を模倣できるのではない、ということだ。事態はまったく逆で、僕らは相手の表情を模倣できるからこそ相手の意図を理解できるのだ。
分かりやすいセンテンスがあったので、ちょっと長いが引用してみよう。
「まず、ミラーニューロンが当人に考えさせる間もなく自動的に他人の表情をシミュレーションを行わせる。このシミュレーションの過程には、擬態される表情の意図的かつ明白な認識は必要とされない。これと同時にミラーニューロン大脳辺縁系に位置する感情中枢に信号を送る。このミラーニューロンからの信号によって誘発された大脳辺縁系の神経活動が、観察された表情と関わりのある感情を私たちに感じさせる」
僕らは思いのほか、自分の意志よりも、本能や無意識をベースにして生きているのかもしれない。
 
もう一つ、面白いことが書かれていたので、引用しよう。
「サルが生で行動を観察しているときにはミラーニューロンに強い放電があるが、同じ場面をコンピューター画面で見るときには反応が実質的にゼロなのである。人間の場合、画面に表示された行動にもミラーニューロン領域はいちおう反応するが、生で行動を見ているときほどの強さではない」
これを読んで、あなたは何を思うだろうか。僕は電子書籍のことを思い出した。電子画面で文字を読むと、紙媒体で読むときほど内容が頭に残らない。いわば、読んでいる気がしない。それは、上記のような脳の特性と符合しているのではないか。だとすれば、電子書籍は、根源的に人間の脳に馴染まない可能性がある。
 
上記はほんの一例。他にも、刺激的な研究成果や知見がたくさん紹介されており、内容の濃い一冊。ミラーニューロンによる模倣機能がどれほど人間のコミュニケーションを支えているのかが実感できる。
人間がつねにミラーニューロンを無意識に使っているのなら、ミラーニューロンの研究成果は、医療、恋愛、コミュニケーション、マーケティング、購買、商談など、人間生活のあらゆる場面で応用されそうだ。
なお、模倣と好意は概して比例するらしい。だから、好意を抱く相手に好かれたければ、相手の言動を模倣すればいい。意中の相手がいる方は、どうぞお試しあれ。
 
最後にひとつ。素人の発想で大胆に飛躍してみるなら、最近の中高生の「だてマスク」に見られるような、他者の視線を過剰に意識する性向もまた、ミラーニューロンの失調によるのではないだろうか。というのは、ミラーニューロンが働かないと他人の視点を想定できずに発達障害となるが、逆にミラーニューロンが働き過ぎると他人の視点を過度に想定し過ぎて「だてマスク」になる。もしこの仮説が正しければ、現代人の生活の中にミラーニューロンを失調させる要因がある可能性が疑われる。例えばその要因は、摂取している食べ物かもしれないし、重金属かもしれないし、電磁波かもしれない。専門家の方々にぜひ解明して欲しい。

ミラーニューロンの発見―「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学 (ハヤカワ新書juice)

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