東京・京橋の駅前にあるAGC studio1階のギャラリーで、カラーガラスを用いた展示が行われている。小さな会場だが、大変見応えがある。

タイトルは、「第1回AGCカラーガラスエキシビション Colored glass, what a fascination material are they! 3人のクリエイターが魅せるカラーガラスの可能性」。
旭硝子社のカラーガラスを使い、3人のデザイナーが1作品ずつ発表している。
 
ガラスや空間デザインに興味のある方にオススメの展示である。
三者三様で面白い。あなたがデザイナーなら、カラーガラスをどう使うか。
  
では、3作品について感想を書いておこう。
  
【大塚則幸さんの作品】
 
まずは、大塚則幸さんのデザインによるランプシェード。
白いカラーガラスでつくった36枚のフィンで構成されている。内側は24金のゴールドメッキ。
大塚さんは、「通常のランプシェードの機能と反対の機能を持つシェードをつくった」という。ランプシェードは通常、光は通すが光源は隠すという目的のためにつくられる。しかし、この大塚さんのシェードは、それと反対に、光源が見えて、光を(直接には)通さない。カラーガラス製のフィンには透過性はないので、直接には光が通らない。この逆転の発想に興味をひかれる。
そうした発想も興味深いが、そうした理念的なアプローチ以上に、このシェードが持つ端正な美しさに直感的に意識が向く。この照明器具は、なにやらエロティックなのだ。フィンの角度の加減のために、光源(ランプ)が見えない。ゴールドメッキとカラーガラスに反射した光源が虚像として見えるだけで、まわりをぐるぐる歩いて眺めても、光源は永久に見えそうで見えない。とてももどかしいのだが、この見えそうで見えない感じが、なんともエロティックである。
 
ところで先日、このギャラリーの上階のセミナールームで、出展デザイナー3名によるトークセミナーがあった。その日も早めに現場へ到着した大塚さんは、何種類かのランプを持参して現場で付け替えてみたり、天井からの照明の当て方などの細かい点を調整したりと試行錯誤していた。今回の作品は、カラーガラスの可能性をプロモーションする展示のためにつくられた小さなランプシェードなので、製品化されるわけでもないし、言ってみれば「余興」に近いプロジェクトとも言えるわけだが、それでも大塚さんは、細部まで丹念に完成度を追求し続けている。改めて、ディテールに対する大塚さんの並々ならぬ情熱を感じた。セミナーで大塚さんは、「この歳になると徹夜はキツイけれど、やはりデザインするのは楽しいし、できる限り完成度の高いものをつくりたい」と話した。
このシェードを見ながら、以前に映画や書籍に関する取材で大塚さんに話を聞いた時のことを思い出した。僕にとっては大塚さんへの初めての取材だったので、よく憶えている。その時の話を要約すると次のような内容だ。
「僕は、スティーブン・キングのホラー小説や、それが原作となっている映画が好きだ。なぜなら、彼の描く作品には、実際にはありえないような恐怖シーンや幻想的なシーンが登場するけれど、ディテールを緻密にリアルに構築しているために、それらのシーンがウソっぽく見えずに、本当に恐ろしく見える」
大塚さんは、空間や家具を設計する際に「存在するように見えて存在しない」「存在しないように見えて存在する」「透明に見えて透明でない」、そうしたデザインを実現しようとしている。つまり、フィクショナルなデザインを目指していると言える。
確かに大塚さんが生み出す空間を見ていると、真っ白な書物(のようなオブジェ)が無数に並んだブティックとか、奥行きの分からない光る正方形の開口がぽっかりと壁面に空いている空間とか、そんな幻想的で抽象的でフィクショナルな演出に出くわす。それらの演出がウソっぽく見えたり破綻したりしないのは、大塚さんがディテールを緻密に処理しているためだ。
つまり、「現実的なディテールの作りこみが、フィクショナルな作品を違和感なく成立させる」という点で、大塚さんのデザインはスティーブン・キングの著作物に似ているというわけだ。
今回のシェードも、そんなことを思い出させる作品だった。
 
【游佐清文さんの作品】
   
次に、游佐清文さんのインスタレーション
2.5メートルくらいの高さがあるカラーガラスのパネル数十枚を、2枚ずつもたれかけさせるように置いてある。これを見た人が感じるのは、まず「ガラスをこんなふうに扱ってよいのか」という驚きと不安だろう。まずは、この作品にOKを出した旭硝子の英断に拍手である。
游佐さんは、先述の3名でのトークセミナーの際に、作品の着想についてこう話した。
「ガラスのサンプルはいつも小さすぎると感じていた。大きな面積で見た場合には、色味が違って見えることがある。だから、もっと大きなサイズで見られるといい」
そう、つまり、この作品は、カラーガラスの巨大なサンプルなのだ。確かに、よく見ると、巨大なサンプル帳をパラパラとめくったような造形になっている。形の着想は、トランプからきているそうだ。
この作品は、窓際に設置されているため、時間帯によって、カラーガラスの映り込みが変化する。晴れた昼には空や雲や周辺のビルがカラーガラスに映し出され、カラーガラスの意匠上の最大の特徴と言える反射性がアピールされている。夜になると、反射よりもカラーガラスの色味が強く見えてくる。
濃い色のカラーガラスは反射性が弱く、一方、薄い色のカラーガラスは反射性が強く、ミラーに近づく。そんなことも、この作品を見ると、ひと目で比較できる。
そもそも今回の展示会の主目的は、旭硝子の商品であるカラーガラスをプロモーションすることなのだから、その意味で、この游佐さんの作品は、3作品の中で最もストレートにクライアントの要求に応えていると言える。この“巨大サンプル”は、そんなサービス精神あふれる作品だ。
 
【大野力さんの作品】
       
そして、大野力さんの作品。
これは、厚さ19mmの特注カラーガラス数十枚が林立したインスタレーション。それらは、赤いカラーガラス群やベージュのカラーガラス群など、色ごとのグループになっている。
周囲をぐるぐる歩きながらそれらを見ると、ある場所から見た場合にのみ、赤いカラーガラス群の赤色が見えなくなるというように、色が消える仕掛けだ。ジョルジュ・ルースのアート作品を想起させる視覚のトリックだ。
大野さんは、先述のセミナーの際、「カラーガラスは、真横(小口の側)から見ると色が見えなくなるという点が、カラーガラスの面白さだと思った」と話した。一般にカラーガラスは、面に色が塗装されていることに意味があり、「カラーガラス」という名の通り、カラーが主役である。だから、小口は、副次的な存在であり、しかも、ガラスの小口は実際には透明というより薄グリーンに見えるので、一般的には小口は嫌われる存在である。つまり、デザイナーにとって、小口は、できれば「ない」ほうがいい存在というわけだ。その小口を、発想の起点にした点が、大野さんらしくトンチが効いていてる。
 
ところで、大野さんの設計する空間の特質とは、なんだろうか。それは、「エッジ」や「境界面」で何らかの現象が起きるような空間デザインだと言える。エッジや境界面で何かが起こるだけでなく、エッジや境界線が一時的に現れては消えるといったフィクショナルな存在であったりする。例えば、ワインバー「salon des saluts」では、曲面ガラス、床面、天井面、樹木などの要素を使って、内部空間と外部空間の境界線を幾通りにも複雑に設定している。そのため、境界がとても曖昧になっている。オフィス「豊通エレクトロニクス品川」では、巨大会議室に、パーティションが現れ、小さな会議室に分割される。パーティションが部屋の隅に収納されている時には、扉だけが室内に残されており、シュールな風景を生み出す。ブティック「デュラス台場店」では、天井の高さを生かし、空間を上下に分割している。階段をのぼっていき、下の空間と上の空間の境界面を人間の視線が通過する瞬間に、雲の上に抜けたような非日常的な感覚を喚起することを狙ったデザインだ。レストラン「プラスグリーン」でも空間を上下に分け、下階の直線の間仕切りと上階の曲線の間仕切りが接する境界面が不思議な印象を生んでいる。というわけで、空間の中にエッジや境界線を導入し操作することによって、人々に何らかの体験を喚起するのが、大野さんの生み出す空間の特徴であると言える。
ここで今回の大野さんの作品に話を戻せば、もちろん小口がガラスの「エッジ」であると言えるわけだが、それは、さして重要ではない。むしろそれより注目したいのは、上述した「ある場所から見た場合に色が消失して見える」の「ある場所」という点が、仮想的でフィクショナルであるということだ。「ある場所」から見ると、林立するカラーガラス群が、「色を失う」という特別な見え方をする。そんな「ある場所」が4箇所に用意されている。この4箇所の「ある場所」というのは、目に見えるわけではない。その「ある場所」の床の部分をどれだけ見ても、周囲の他の空間との境界線など存在せず、その「ある場所」を他から識別することはできない。ところが、その「ある場所」に人が立ち、そこから無数のガラス板の群を見た時に、初めて色が見えなくなるという特殊な体験をする。その瞬間、その人にとって、その「ある場所」が、周囲の他の空間と異なる「特別な場所」であると感じられる。こうして、体験者の主観にのみ一時的に立ち現れることによってしか知覚されないこの「ある場所」というのは、大変フィクショナルである。「ある場所」と「その他の場所」の“境界線”は、一時的に、仮想的に、主観的に、存在するだけである。
というわけで、やはり、今回の作品においても大野さんは、境界線を操作していると言える。特に、その境界線が不確定で曖昧で仮想的であることが、大野さんらしさであるように見えた。
ただ一点だけ、欲を言えば、ベージュという地味な色のガラスでなく、もっと鮮明な色を持った黄色や青のカラーガラスを用いたほうが、色が消えるという仕掛けが明瞭に表現されたのではないだろうか。
 
 
少々長くなったが、そんなわけで、三者三様の日頃のデザインアプローチが、このささやかな展示作品の中に凝縮されている。こうして作り手の発想のエッセンスをピュアな形で垣間見ることができるのが、あまり機能を持たないこうした実験的な作品の醍醐味である。
ぜひ会場で、3名の作品のエッセンスとアプローチを比較しながら味わっていただきたい。あなたの今後のデザイン活動へのヒントとなるはずだ。
 
 
会期:2012年12月4日(火)〜2013年3月2日(土)
会場:AGC studio(東京都中央区京橋2-5-18 京橋創生館)
 http://www.agcstudio.jp/


大塚則幸さん http://www.nodo.jp
佐清文さん http://yudesign.jp
大野力さん  http://www.sinato.jp


【2012/12/27 訂正】
大野さんの作品について、真横(小口の側)から見るとカラーガラスの色が見えなくなるというふうに記したが、正確には、色が見えなくなるというよりも「板面の色が見えなくなり、かわりに、ガラス本来の色である薄緑色だけが見えるようになる」ということが狙いである。