『他人の顔』(安部公房/新潮文庫)を読む。

 


顔という社会的な記号は、どのように機能しているのか。私たちの日常生活やコミュニケーションは、顔にどのように支配されているのか。そんな顔の意味を、顔を失った主人公を通して考えてみるという、思考実験の様相を呈した小説です。
小説というより、ほとんでエッセイのような、あるいは、思想書のような雰囲気が漂っています。「顔」という主題に対しては、鷲田清一さんのように哲学的アプローチも可能ですが、本書では、小説という、具体性を帯びやすい形式で書かれているため、「顔」をめぐる抽象的な議論が、とても理解しやすく提示されています。
 
同じ著者の『壁』では、「顔」ではなく「名前」という社会的な記号を失った人物が登場します。こちらも読んでみよう。
また、本書に登場する仮面は、相手から自分の表情が読み取られることはなく、一方的にこちらから外界を見ることができるという機能を持っています。つまり仮面は、著者の『箱男』で描かれる「箱」に似た機能も担っているわけです。『箱男』も再読してみよう。
 
それにしても、本書には、終始、陰鬱な雰囲気が漂っています。この陰鬱さのせいで、途中で読むのをやめようかと思いましたが、最後まで読み通してよかったです。
  


〈勝手に採点〉
・登場人物たちの魅力 ★★★★☆
・ストーリー展開 ★★★★☆
・設定(時代、場所、状況等) ★★★★★
・メッセージ性 ★★★★★
・文章の魅力 ★★★★★

他人の顔 (新潮文庫)

他人の顔 (新潮文庫)