『33個めの石』

『33個めの石』(森岡正博/春秋社)を読む。

気軽に読める分量と内容ながら、示唆的な一冊。

すごく大雑把に大別すると、本書は僕に二つのメッセージを伝えてくれた。(著者が直接にこう記述しているわけではないが。)
一つ目は、メリットばかりにであるかに見える最新のテクノロジーは危険かもしれないから疑ってみろ、というメッセージ。
二つ目は、自分以外の圧倒的な大多数が満場一致で決めてしまうような異様な慣習は危険かもしれないから疑ってみろ、というメッセージ。

前者の危険性については、クローン技術、医療技術、脳、ビオトープ、監視カメラなどの話題を通して語られている。
後者の危険性については、テロリズム、怒り、報復、赦し、ナショナリズム、戦争、英語帝国主義君が代などの話題を通して語られている。

この二種類の危険性は、僕たちがちょっとでも気を許して批判的思考をせずに漫然と暮らしていると、抗し難くジワジワと僕たちの思考様式や行動様式に侵食してくるという点で共通している。

文字数の制限もあるのか、全体を通して、あまり実証的ではないのだが、それを割り引いても十分に楽しめた。
前著『草食系男子の恋愛学』も読みやすかったことを考えると、もしかすると著者は、活字の愛好者でない人も含めてとにかく多くの人に読んでもらわなければ始まらない、と考えているのかもしれない。だとしたら、その試みに、とても賛同する。
同時に、そろそろまた著者の本格的な新刊も読みたいな、と感じる。

ちなみに最終章で著者は、哲学者(著者)が思考しているとき、彼がどんな状態を体感しているのかを大変分かりやすくエキサイティングに披露している。考えている内容について書くのではなく、考えている状態について書くなんて、かなり珍しい種類の文章ではないか。他にも、こんなことを披露している哲学者は、いるのだろうか。いるなら、ぜひ読んでみたい。個人的には、この最終章に最も興奮させられた。

なお、本書のすべての論考を串刺しにしている一本の軸は、著者の以下のような強い希望ではないかと感じた。
それは、平穏な日常とは縁遠いかに見える非常事態(戦争、脳死、クローン等々)に僕たちが直面したとき、それでも僕たちは個人の尊厳を尊重し合いながら生きられる社会を構築していくべきだという希望。
もし著者がそう考えているなら、僕は著者に大変共感する。

33個めの石 傷ついた現代のための哲学

33個めの石 傷ついた現代のための哲学